脳へのご馳走①
7月例会
荒馬座の作品を県内で、三作品5ステージの公演。
人数が少ない劇場でもできる新作。
「のぶくんのおまつり玉手箱」
乳幼児対象の「ぴーひやらどん」そして、「実りのまつり」三作品とも、次の世代に伝えたい、祭りや芸能が厳選されて荒馬座の理念がしっかりありそれぞれに民俗芸能を堪能した。
そして、20年ぶりにみるそれは、まるで海外作品とも思われる新鮮さだった。
衣装、日本の音、踊り、道具、一つ一つに込められた祈り、自然と人間が歴史の中で紡いできたものが、子どもたちの身体細胞に遺伝子に染み入っていった。
きっと、触れなければ、この素晴らしさはがわからない子どもや大人になるだろう。
いつも間にか、地域で出会わなくなってしまった日本のまつりの文化だ。
特に、乳幼児の例会では、2か月の赤ちゃんから2歳までの子どもたちが、瞳を凝らして、吸取り紙みたいに吸収していく様子が手に取るようにわかった。
35分から40分、じっと、動くわけでもなく、飽きもせず、集中している。
これは、きっと、丸ごと本物を全て吸収している。
子どもの瞳がかがやいたとき、脳は成長するというが、とっておきのご馳走だったことには、間違いがない。
もう、すでに日本人の生活は、欧米化され、食もパンが増え、お米の良さは、
語られなくなって久しい。音も太鼓の音が遠くから聞こえてくるなんてないかもしれない。日常が、おきてから、寝るまで機会音に囲まれている。
これは、日本人の文化の源なのである。これを身体全体の細胞に刻み込んで、いく知り方と小さいころに体験してなくて、身体が知らないことは、大きな違いがあると思う。
3世代の間に、この体験がないと伝統やリズムや日本人の培ってきたものは、遺伝子から亡くなってしまうという。今の時代の危機は、日本人の文化の危機でもある。次の世代に何を残し何を失っていくのか?
日本の芸術の根本は、米と日本人からだと、かつて、ひとみ座の宇野小四郎さんから、学んだ事があつた。それを思い出す米から祭りとなり、地域隅々で自然とたたかつて歩んできた文化芸術を、丸ごと身体の五感、九感覚を使って表現したものだった。
着物の日本の色使い、飾りの美しい艶やかさ、身体のしなやかさ、太鼓や笛の音が、床や空気を通して振動で皮膚につたわる。
ある、若いお母さんのアンケートに、こんな事がかかれていた。
子ども劇場に入ってよかった。普段経験できないことを経験させてもらいました。入ってなかつたら、アンパンマンだけの世界でしたと。
アンパンマンも、もちろんいいけれど、様々な体験が、その子の人格の深い基礎となる。楽しい感覚や感情とともに。それは、人格形成の基盤となる3歳までに体験してほしい。それは、成長してから体験することと数倍、数百倍、数千倍の違いがある。どれだけの可能性がこの乳幼児期にあるのかは、計り知れない。まるで、最高の料亭の日本料理の味を0才から3歳までに食べることと同じように生涯にわたるすべての感覚器官のもとを創ることだと思えば、わかってもらえるだろうか?
観る、聞く、匂い、触れる皮膚から入る音、振動、圧力、会場の温度、バランス感覚、すべてがこの作品にはある。
実りのまつりの鹿児島中央では、最後、300人ほどが、丸く輪になり、ラサラーと声をかけて体育館を駆け巡って踊った。気分はみんな最高❗️9つの劇場が、一つになってちょうど1周年!気持ちが一つになった感あり。
これも、たくさんの人と身体を動かし、声を出し、脳に最高のご馳走!
舞台はコミュニケーションの力ともなる。
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